
伊賀比呂志、細谷優太、gnkosai、宮下真吾、加部宏行、ブライアン (L→R)
06年06月 伊賀、宮下、細谷が中心となり「The Emmanuelle Sunflower」結成。
07年10月 アンデスの怪人・加部がキーボードとして加入。
07年11月 ドラマーが定まらないまま活動を続けて来たが、宮下ジーパン引き裂かれ事件を経て、KCがドラマーとして加入。
08年09月 加部、大阪へ転居。以後、加部はタイミングの合う時にライブへ参加。
08年11月 ブライアン加入。加入後、初ライブで弦を切り、以後、切り裂きブライアンと囁かれる。
09年01月 久々の自主企画「ドラゴンパブ」開催。FROOTSとの2マンで大いに盛り上がる。
09年09月 藤沢・太陽ぬ荘にてレコーディング。空き時間を利用して細谷がムーンウォークを習得するも、未だ披露する機会に恵まれず。
09年11月 宮下が髪の毛を紛失。ある日突然ボーカルが坊主頭になったらバンドの雰囲気が変わる事を身を持って学ぶ。
09年12月 リザードの大晦日ライブでカウントダウンを任され、09年ラスト1曲に伊賀が長渕剛の「ろくなもんじゃねえ」を披露。が、時間計算をしくじって曲中に新年を迎えてしまう痛恨のミス。あけましてろくなもんじゃねえ。
10年02月 「祝・ポンコツ車で日帰りツアー。ポロリもあるでよ!」各地でライブ。神戸でへこみ、京都であがる。ここのところブライアンと細谷のテンションが凄い。ダークサイド加部の口の悪さに一同閉口。
10年03月 ファイナルにtobaccojuice、リトルキヨシトミニマム!gnk!、Woodyを迎え、リリースツアー終了。凄かった。本当に凄かった。加部が1年半に及ぶ大阪武者修行の旅から戻る。
10年05月 宮下、軽トラに轢かれる。検証によると、生きているのが不思議なレベルの事故とのこと。医者には細胞異常という、事故は無関係っぽい謎の診断を受ける。
10年06月 ベイビーとの生活のため、KCがバンドを離れる。ラストに演奏した弱者達の宴のドラミングは力強かった。
10年07月 加部がブログを始める。エキセントリックを極める文体から、周囲に「あのブログ、バンド的に大丈夫?」と心配される。
10年10月 宮下、ここ数年のトレードマークだった羽根冠を紛失。代替として、セメント漬けで歌う or 水中で歌うという案が本人から出るもメンバー完全無視。
10年11月 羽根冠を失った宮下、今度は住む家を失う。破れかぶれな彼は海賊の船長帽を被ってライブを敢行。鳴り止まない船長コールを受ける。
10年12月 かねてよりエマニエルのライブに足繁く通ってくれていた画家/イラストレーターの七戸優さんから羽根冠を贈って頂く。ヘッポコ船長との沈没をどうにか免れた。久々のドラゴンパブも大成功。画伯に感謝。
11年2月 リーダー a.k.a gnkosai、パレード a.k.a 脇山広介、ワカ a.k.a 若山雅広といったドラマーと共にライブを重ねる。いつの頃からか「エマニエルはドラマーがいないバンドではなくドラマーが沢山居るバンド」と評され始める。
11年3月 天災にも人災にも負けず。
11年6月 ドラゴンパブでギラギラする日、STANCE PUNKS pre ロックの日。立て続けに圧倒的な夜を過ごす。後に「Beautiful EP」としてリリースするレコーディングを太陽ぬ荘で行う。
11年7月 見放題2011出演。大阪と完全に恋に落ちる。横浜ではclub Lizardとの共同企画YEEEEEEES!!!!!vlo.1開催。えびなまきこの描いたバックドロップ初登場。
11年8月 横浜B.B.STREETにて初ワンマンとなる「ドラゴンパブ番外編」開催。持ち込まれたたくさんのヒマワリに彩られ、特別な夜を過ごす。
11年10月 YEEEEEEES!!!!! vol.2開催。何を思ったか宮下が髪を赤に染める。
11年12月 Tequila 69 pre ROCK ACTION@渋谷asia、9月に超大型台風の直撃をくらってのリベンジとなる二度目の出演。大いに酔っ払う。宮下の足元がサンダルから下駄へグレードアップ!
12年1月 新年早々、初詣型東名阪浜ツアー。
12年2月 「Beautiful EP」、タワーレコード限定で発売!
07年10月 アンデスの怪人・加部がキーボードとして加入。
07年11月 ドラマーが定まらないまま活動を続けて来たが、宮下ジーパン引き裂かれ事件を経て、KCがドラマーとして加入。
08年09月 加部、大阪へ転居。以後、加部はタイミングの合う時にライブへ参加。
08年11月 ブライアン加入。加入後、初ライブで弦を切り、以後、切り裂きブライアンと囁かれる。
09年01月 久々の自主企画「ドラゴンパブ」開催。FROOTSとの2マンで大いに盛り上がる。
09年09月 藤沢・太陽ぬ荘にてレコーディング。空き時間を利用して細谷がムーンウォークを習得するも、未だ披露する機会に恵まれず。
09年11月 宮下が髪の毛を紛失。ある日突然ボーカルが坊主頭になったらバンドの雰囲気が変わる事を身を持って学ぶ。
09年12月 リザードの大晦日ライブでカウントダウンを任され、09年ラスト1曲に伊賀が長渕剛の「ろくなもんじゃねえ」を披露。が、時間計算をしくじって曲中に新年を迎えてしまう痛恨のミス。あけましてろくなもんじゃねえ。
10年02月 「祝・ポンコツ車で日帰りツアー。ポロリもあるでよ!」各地でライブ。神戸でへこみ、京都であがる。ここのところブライアンと細谷のテンションが凄い。ダークサイド加部の口の悪さに一同閉口。
10年03月 ファイナルにtobaccojuice、リトルキヨシトミニマム!gnk!、Woodyを迎え、リリースツアー終了。凄かった。本当に凄かった。加部が1年半に及ぶ大阪武者修行の旅から戻る。
10年05月 宮下、軽トラに轢かれる。検証によると、生きているのが不思議なレベルの事故とのこと。医者には細胞異常という、事故は無関係っぽい謎の診断を受ける。
10年06月 ベイビーとの生活のため、KCがバンドを離れる。ラストに演奏した弱者達の宴のドラミングは力強かった。
10年07月 加部がブログを始める。エキセントリックを極める文体から、周囲に「あのブログ、バンド的に大丈夫?」と心配される。
10年10月 宮下、ここ数年のトレードマークだった羽根冠を紛失。代替として、セメント漬けで歌う or 水中で歌うという案が本人から出るもメンバー完全無視。
10年11月 羽根冠を失った宮下、今度は住む家を失う。破れかぶれな彼は海賊の船長帽を被ってライブを敢行。鳴り止まない船長コールを受ける。
10年12月 かねてよりエマニエルのライブに足繁く通ってくれていた画家/イラストレーターの七戸優さんから羽根冠を贈って頂く。ヘッポコ船長との沈没をどうにか免れた。久々のドラゴンパブも大成功。画伯に感謝。
11年2月 リーダー a.k.a gnkosai、パレード a.k.a 脇山広介、ワカ a.k.a 若山雅広といったドラマーと共にライブを重ねる。いつの頃からか「エマニエルはドラマーがいないバンドではなくドラマーが沢山居るバンド」と評され始める。
11年3月 天災にも人災にも負けず。
11年6月 ドラゴンパブでギラギラする日、STANCE PUNKS pre ロックの日。立て続けに圧倒的な夜を過ごす。後に「Beautiful EP」としてリリースするレコーディングを太陽ぬ荘で行う。
11年7月 見放題2011出演。大阪と完全に恋に落ちる。横浜ではclub Lizardとの共同企画YEEEEEEES!!!!!vlo.1開催。えびなまきこの描いたバックドロップ初登場。
11年8月 横浜B.B.STREETにて初ワンマンとなる「ドラゴンパブ番外編」開催。持ち込まれたたくさんのヒマワリに彩られ、特別な夜を過ごす。
11年10月 YEEEEEEES!!!!! vol.2開催。何を思ったか宮下が髪を赤に染める。
11年12月 Tequila 69 pre ROCK ACTION@渋谷asia、9月に超大型台風の直撃をくらってのリベンジとなる二度目の出演。大いに酔っ払う。宮下の足元がサンダルから下駄へグレードアップ!
12年1月 新年早々、初詣型東名阪浜ツアー。
12年2月 「Beautiful EP」、タワーレコード限定で発売!











